寺尾さんの歌
by 瀬川辰馬
最近、寺尾紗穂さんの歌をよく聴いている。
はじめて聴いた彼女の歌は、当時仲のよかった少し年上の友人に教えてもらった『アジアの汗』だったから、もう10年近く前になる。
フィリピンや、マレーシアから日本に出稼ぎにやってきた外国人労働者を束ねて建設現場で働いてきて、今は生活保護を受けながら暮らすおじいさんがひとり語りをするような歌詞で、寺尾さんが実際に山谷で出会った人物のことを歌っている。サビの部分はこんな調子だった。
アジアの汗 染み込んだ この国のビル
だからそうなんだ ビルガラスが 青空映すのは
アルバムに入っているその他の曲も、写実的なモチーフと、くっきりとした詩のストーリーテリングがあって、とても素敵な歌声だとは思ったものの、音楽を聴くというよりはドキュメンタリーフィルムを観ているような感じがして、当時は日常的に聴くプレイリストには入れていなかったように思う。
あれから多少は大人になって、なぜ寺尾さんがああいう写実的な手つきで具体的な人々や、具体的な景色についての歌を書いているのか、いまはすこし分かるような気がする。
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いまよりもずっと幼かったころ、僕は、光や真実というものは素手で、手を伸ばしさえすれば届くものだと思っていた。
けどいまは、そういう種類のものはなにかに映ったかたちでしか目に見えないということを思う。
それはたとえば、ビルガラスに映る青空のようなかたちでしか。
光そのものを追い求めるような生き方は、たぶんひとをあまり幸福にしない。
そういうものがきれいに映り込めるように、質量の伴った具体的な「なにか」を丁寧に磨いていくことの方が重要なんだということが分かるようになったのは、いったいなにがきっかけだったのだろう。